こいしゆうか
イラストレーター、エッセイ漫画家、キャンプコーディネーター。女性が自立してキャンプを楽しむ「女子キャンプ」を最初に提唱した人としても知られる。
難しいことをわかりやすく伝える表現力に定評があり、現在は小説新潮にて、漫画「くらべて、けみして 校閲部の九重さん」を連載中。
その他、著書に「そうだ、キャンプいこう!(standards)」「カメラはじめます!(サンクチュアリ出版)」「ゆるっと始める キャンプ読本(KADOKAWA)」など。
テンマクデザインのコラボレーターとして、女性でも簡単に設営できるテント「PANDA」をデザインコラボしたり、キャンプ文化の伝え手として、テレビ、ラジオ、雑誌に出演するなど、活動の場は多岐にわたる。
ルール.1 自然を守るためにできることを
インタビューを受けるにあたって、こいしゆうかさん(以下、こいしさん)は悩んでいました。最近、自身のキャンプスタイルを「エコキャンプ」と紹介されることが増えたことで、「おしつけがましくなっていないだろうか?」という懸念があったからです。
もちろんエコを否定するつもりはありません。「自然を守りたい」という意識は普段から抱えているし、そこに嘘はないからです。
エコって、そんなに難しいことだっけ?
その一方でこいしさんは、何かを啓蒙するような活動は、本意とは違う気がしています。もっと言えば、エコなんて言ったばかりにキャンプが窮屈になったら、10年以上前、人知れずソロキャンプを始めた頃の自分は絶対に嫌がるはずです。
エッセイ漫画家として多くの著書を持ち、キャンプコーディネーターとしても活躍するこいしさんは、女子キャンプブームの立役者でもあります。2009年にmixi上で「女子キャンプ」コミュニティーを立ち上げて、同じ趣味の仲間たちと集まり、交流の機会をたくさん設けてきました。
同時に、こいしさんは近年当たり前になったソロキャンパーの走りでもあります。人気テレビ番組『マツコの知らない世界』には「ひとりキャンプ」の案内人として出演しました。ソロキャンプブームが席巻する前夜、2016年のことです。
女子キャンプもソロキャンプも、どちらも当時のキャンプの常識からは外れていました。でも、やりたいからやってきた。誰かから「そんなことはしちゃダメだよ」と禁じられていたら、今の自分はきっとないはずです。
だからこいしさんは、エコキャンプと言っても「あれをしちゃダメ、これをしちゃダメ」なんて言うつもりはありません。第一、こいしさん自身もそんなに意識の高いキャンプはしていないと言います。設けているのは、簡単で単純なルール。選択肢があったら、自然に負荷を与えない方を、無理のない範囲でやってみること。
「たとえばキャンプに慣れてくると、スーパーで買った発泡トレーに入ったお肉も適量だけを食料保存袋に移し、チルドして持って行くようになりますよね。だってその方が楽だし、保冷にもなるし。
自分としては、ただ面倒なのと、工夫を楽しんでやっているだけなんだけど、その行為がゴミを減らすというエコに繋がってる。
私が『い・ろ・は・す』がいいなと思う理由も同じです。飲み終わったあとにコンパクトに折り畳んで持ち帰れるっていうことは、自分にとっての負荷も減るということ。
最近は『脱プラ』という考え方も広まってきていますよね。だからキャンプのついでに山を登る時は、マイボトルを持って行くんですが、2本も3本もマイボトルを持って登り降りするのは大変なのでペットボトルの水を買うことももちろんあります。
そういう時はやっぱり、飲み終わったあとに小さく畳める『い・ろ・は・す』を選んでいます。ギュッ、グシャグシャっと折りたたんで、バックパックに入れて持ち帰れるのはやっぱり便利ですから。
私は“便利”を求めるのは、悪いことだとは思っていません。でも、“便利”を求めるだけでなく、ちょっとだけ製品選びにこだわりを持つようにしています。理由はシンプルで、その選択が資源や自然の循環に繋がるなら、それが自分にとって一番心地いいし楽しいから。
キャンプ場でお皿を洗わず、キッチンペーパーで汚れを拭き取ってアルコールスプレー除菌で済ませるスタイルもそうなんですが、もともとエコを意識して……というよりは、ただ洗うのが面倒だっただけで。
それが結果的に水を使わない、汚さないからエコになっていたって話なんですよ。結局はさっきの製品選びの話と同じ。ただの面倒くさがり&楽しくないと続かない性分なんです」
こいしさんは、キャンプの面白さの一端は「自由さ」にあると思っています。もちろん、無責任に何をやっても許される自由ではなく、責任をしっかりと負ったうえでの自由。
自然の中で、自分なりの創意工夫でいろんな課題を解決していける自由。その自由を満喫しようと思えば、おのずと自然と向き合うことになるのでは?というのが、こいしさんの考えです。
だから多くのキャンパーは、なにも特別に意識をしなくてもエコキャンプへの下地ができているに違いないと、こいしさんは信じています。自分自身がそうであったように。
「私はキャンプで自然と対峙する時間がすごく増えたことで、自然に対しての解像度が上がったと思っているんです。キャンプを通じて、普段の生活だってもとを辿ればしっかりと自然に繋がっているってことを体感して、知ることができた。
それはなんか、英語で難しい言い方をする活動みたいな話ではなくて、キャンプに行って自然の雄大さに感動して『このきれいな場所がなくなったら嫌だな』とか『この動物の住処を奪ってはいけないな』とか思ったら、その気持ちに従うだけのこと。
だからエコキャンプって言っても、自分の心が痛むようなことに加担しないっていうだけの単純な話なんです」
キャンパーだから気づける、自然の価値
こいしさんには、自然について考えるきっかけになった原体験があります。
東京で生まれたこいしさんでしたが、幼少時代の一時期、宮古島で暮らしていました。日本でも屈指と言われる透明度の海で毎日のように泳いでいた小学生当時のこいしさんは、美しい珊瑚や、そこで戯れる魚の群れを見ても、「なんかごちゃごちゃした海だな」くらいにしか思っていなかったそうです。
ところがそれからまた東京で暮らし、数年が経ってから宮古島に戻ると、同じ海が別物のように変わってしまっていた。失ってはじめて、日常だった海の美しさに気づいたのです。
そのとき、こんなに美しい自然であっても地元の人たちがその価値を認識してないことがある、ということに思い至ったそうです。
地方には地方の、都会にも都会の良さがあるのに、隣の芝生はどうしても青く見えてしまうもの。でもだからこそ、その両方を頻繁に行き来するキャンパーにしか気づけないことがあるのでは?と。
こいしさんは、キャンプという体験をポジティブに捉えています。
「キャンプって、自然と人工のさじ加減も自由だと思うんです。人から離れた場所にも行けるし、街に戻って商店街にも行けるし。自然を8にして街を2にするのか、自然を6にして街を4にするのか、すべて自分次第なんですよね。
あと、移動が自由なところもキャンプのいいところですよね。私は、移動することで異なる自然に触れられることがすごく大事だと思っていて。
ひと口に自然と言ってしまうけど、いろんな自然がありますよね。当たり前ですが海と山は全然違うし、気候や植生も地域によって全然違う。だから自由に移動できるキャンパーって、ひとつの自然環境に定住している人よりも、ある面では多様な自然の良さを知っている可能性があるんですよ」
キャンパーは、もしかしたら誰よりも自然の価値に敏感なのかもしれない。こいしさんがそう思うようになったのは、ある人からのひと言がきっかけでした。
遡ること6年前、世界農業遺産・岐阜県「長良川の鮎」のプロモーションビデオの案内人として白羽の矢が立ったこいしさんは、ディレクターに『なぜ自分を選んでくれたのか?』を率直に尋ねます。
すると返ってきた答えは、「日本全国のいろんな自然を見ているこいしさんだったら、長良川が生み出す自然と生活の巡りを一番わかってくれると思ったからです」というものでした。
自分でも思ってもいなかった、自身の価値。しかもその動画の取材では、キャンプの意義を再確認できるような印象深いエピソードも聞くことができたと、こいしさんは言います。
「動画の取材で長良川で川漁をしている人たちを訪ねた際、流域で生活している人・森・川・海が連携して、環境と共存するための取り組み=『長良川システム』の存在を知ったんです。
簡単に説明すると、長良川流域に住む人々の暮らしや経済、文化は川と深く結びついているし、その川は森や海とも繋がっている。だからこそ積極的にその循環の輪に混ざり、清流の保全に務めようという活動です。
そのシステムの一環として『豊かな漁獲や農産物生産の土台を作るために、川の水源となる森に広葉樹を植樹する活動』があるそうなんですが、私が『どんな人が植樹ボランティアに参加するんですか?』と聞いたところ
『キャンプ好きなご家族が、子どもに自然の循環を伝えたいという理由で参加されたりもしていましたよ』という回答が返ってきて『うわー、すごいこと聞けた!』って。
キャンプって、やっぱり自然に対する考えを変えてくれるものなんだって、すごく自信を持てたんです」
ルール.2 その土地のものを、その土地で
その土地で育まれた物を、その土地でいただく。“地産地消”は生産者と消費者の距離を縮めるだけでなく、地域の経済的な振興にもつながる取り組みです。
そして近年、キャンプは地産地消と相性が良いのでは?と盛んに言われるようになりました。料理する設備を持って行くキャンプでは、通常の旅行よりも地域の農作物を消費する機会に恵まれやすいのがその理由です。
地産地消は、おいしい
“地産地消”をこいしさんが意識したのは6〜7年ほど前。とはいえ、誰かから聞いて「キャンプに取り入れてみよう!」と意識高く行動したわけではなく、「もともと自分のやっていたことが地産地消と同じだったからラッキー!」くらいの感覚だったそうです。
「キャンプに限らず、旅行した時って、多くの人がその土地のものを食べたいって思うはずなんですよ。直売所や道の駅にフラっと寄れば、地域の旬なものや、そこでしか見たことのないもの、面白いものを発見できる喜びもありますし。
それがスーパーだとしても、北海道だったら『わ、エゾシカの肉なんて普通に売ってるんだ』とか。旅先でわざわざオーストラリア産の牛肉を買うのって、なんかもったいないような気がするんですよね。
野菜にしたって、長野のスーパーで千葉産の野菜を買うことに違和感を覚えたりしませんか?家の近所で売っているのと同じじゃん、って」
見知らぬ地域のスーパーに行けば珍しい食材が並んでいるなんてことは当たり前。そうした驚きの一つ一つを、こいしさんは楽しんでいるのです。
食とは、その土地土地の文化です。その場所だから採れる食材は、その場所の風土や気候でいただいた時に一番おいしく感じられます。食べものだったりお酒だったり、その根源となる水だったり。
地産地消とはそれらの繋がりをまるっといただける、お得な営みでもあるのです。