温泉ガイドには決して載らない、この天然スパの魅力とは一体どんなものなのか。筋金入りの秘湯マニアが夢見る、ワイルドなアウトドアの楽しみ方、ちょっとヤバめな野湯めぐりの世界にご案内しましょう。
マニアを惹きつけるただならぬ秘湯、「野湯(のゆ、やとう)」の正体とは
整備されていない大自然の中にひっそりと存在する「野湯」
野湯は、基本的に整備されていない大自然の中にひっそりと存在しています。入浴施設もなければ、そこにたどり着くための道さえなかったりします。野湯に出会いたければ、藪を掻き分け、崖をよじ登り、時には川や海を泳いで渡って向かう覚悟が必要になります。滑落の危険、落石の恐怖、冬場は雪崩に巻き込まれる可能性もある旅です。
運よく目指す野湯にたどり着けたとしても、そこには脱衣所はおろか、浴槽すらありません。おまけに、源泉エリア特有の有毒ガスが漂っていることも。「温泉に浸かって、日ごろの疲れを癒して……」なんてシチュエーションはなかなか望めません。なにせ「命がけ」で入浴するんですから。
「野湯」の湯温は常に適温ではない
加えて、当然のことながら「湯温は常に適温」というわけでもありません。川の水や海水、周囲に積もった雪などを利用して、湯温を調節する必要があります。石を積んで湯船を作らなくてはならない時もあります。湧いているのがお湯というより「熱い泥」、ということもあります。たかが湯に浸かるだけなのに苦労満載です。それでも、野湯マニアは嬉々として作業を進め、入浴します。それが、野湯を愛でるということなのです。
野湯の魅力「尋常ではない苦労の果ての入浴は、一度ハマったら抜けられない!」
なぜゆえ、そんな危険でツラい思いをしてまで浸かろうとするんだ、と考える向きもあるかもしれません。しかし野湯には、一度ハマったら抜けられないと言われるほどの、抜群の魅力が秘められています。
魅力1:手つかずの大自然に囲まれている
まずは、手つかずの大自然に囲まれているのがポイントです。絶景を眺めながらお湯に浸かれるのはもちろんですが、むしろ自分が絶景の一部になるという感覚を味わえるのがメリット。野湯は川底や滝壺、滝の裏側、岩場の窪地などに湧いていることも多いので、入浴すると同時に大自然と融合することになるのです。
魅力2:見つけ出すまでの行程も魅力
野湯を見つけ出すまでの行程も、アウトドア好きには魅力的に映るでしょう。なにせ、道なき道を踏破して、ガイドブックには載っていない源泉を探すわけですから、これはもう「冒険」とか「探検」の一種です。身の危険を冒してまで挑戦し、最終的に目的地である野湯にたどり着き、入浴する。こんなにも充実感に満ちた温泉の楽しみ方は、他に類を見ないと言っていいでしょう。
魅力3:先駆者になる喜びや同志を感じる嬉しさ
誰も浸かったことのない野湯があれば、先駆者になるというモチベーションが刺激されます。逆に、一番乗りを目指してたどり着いた山の奥の奥にある野湯に、既に誰かが浸かった形跡を見つけたとしても、それはそれで嬉しくなったりします。
いかがでしょう。野湯めぐりはロマンに満ち溢れている と思いませんか?
「ヤバイ野湯」をいくつかご紹介!
さて、野湯めぐりの魅力が見えてきたところで、一生に一度は訪れたくなる、マニア垂涎の「ヤバい野湯」をいくつかご紹介しましょう。
野湯は私有地の中や立ち入り禁止エリアにあることも少なくないので、いつでも誰でも気軽に行けるものではありません。入念な準備はもちろん、各方面への綿密な交渉や許可申請が必要な場合もあります。そういった見地から、はっきりと所在地を明記することのできないものもあるので悪しからず。
「厳選野湯ファイルNo.01」秋田県S市 S川の湯
急な斜面を下った谷底にある、至高の野湯
秋田県にあるN温泉郷のほど近く。登山道を外れ、崖の急斜面を下った谷底にある野湯です。
道のない急な斜面を谷底に向かって下りていくという時点でかなりデンジャラスです。積雪がある時期に谷を下ると、地熱によって雪の下に空洞ができることがあります。それを誤って踏み抜くと、バランスを崩して崖下に転落する危険があるので要注意。崖を登る帰路のことも考えると、高い登山スキルは必須です。一歩一歩、慎重に歩みを進めた末にたどり着ける、至高の野湯です。
谷底のゴツゴツした岩場にある、湯船にするのにちょうどいいサイズ感の湯だまり。このままでは熱くては入れないので、雪などを投入して温度調整する。
岩の隙間やひび割れた部分からお湯が流れ出し、それが湯だまりを作る。付近を探せば湯船になりそうな湯だまりがいくつも見つかるはず。
「厳選野湯ファイルNo.02」宮城県O市 荒湯地獄三湯
呑気に長湯を楽しむと、天国に召されてしまう「地獄の野湯」
水蒸気が噴き出し、ゴツゴツした岩がむき出しになった火山性温泉地帯を「地獄地帯」「地獄谷」などと呼ぶことがありますが、この野湯は名前の通り、まさにそんなエリアの近くにあります。
アクセスは比較的容易で、野湯マニアの先人が使ったと思われる湯船の跡なども見られますが、油断は禁物です。ここが地獄地帯のそばである以上、周囲には硫化水素などの有毒ガスが漂っている可能性があります。「地獄の絶景に魅せられて長湯したたら、結果、天国に召された」なんてこともありえます。
「地獄地帯」付近には、蒸気に混じって毒ガスが漂っていることも。その危険にも負けず、入湯を目指すマニアも少なくない。
荒湯地獄三湯のひとつは、沢の一部。湯船を形作る周囲の岩が翡翠(ひすい)色に美しく染まる。周辺には先人たちが作った湯船の痕跡も
「厳選野湯ファイルNo.03」東京都新島村 式根島
「野湯の島」に上陸。海を泳いでたどり着く、幻の湯殿へ
温泉列島である伊豆諸島に属する式根島は、断崖絶壁に囲まれたダイナミックな景観が有名な島ですが、実は野湯の宝庫でもあります。
海とひと続きになった海中温泉、断崖を切り拓いたような場所にある湯だまりが点在。流入する海水と、岩の隙間や底部から湧き出す熱湯がバランスよくミックスされ、適温状態を作り出します。
そんな式根島の湯のひとつ、「御釜湾海中温泉」を狙うなら、漁船のチャーターが必要です。式根島港から出発し、海路を十数分。停泊ポイントからは自力で泳いで野湯のある場所への上陸を目指します。天候や潮の満ち引きの関係で、到達できるチャンスは月に2回。まさに幻の野湯なのです。
式根島の「御釜湾海中温泉」には、チャーター漁船で。途中からは海に飛び込んで泳いでいかなくてはならない。その先で待つのは、断崖直下の野湯。
温泉列島と呼ばれるエリアだけあって、海底のいたるところから熱湯と炭酸ガスが噴き出しており、あちこちに野湯が点在している。
「厳選野湯ファイルNo.04」群馬県 ガラメキ温泉
群馬県の榛名山中に湧き出ている野湯「ガラメキ温泉」。
元々は温泉旅館があった場所で、戦後、自衛隊基地を作るにあたって温泉旅館は接収されることになりました。その結果、建物は取り壊され源泉のみが残ったそう。
長らく放置されて荒れ果ててしまった「ガラメキ温泉」ですが、有志の方々が整備を行ってくださり、土砂に埋まっていた源泉を入浴できるように復旧したようです。
GoogleMapにも登録されている「ガラメキ温泉」ですが、通常の温泉施設のようにナビを辿って車で向かう……ということはできません。
榛名山松之沢峠ルート(県道28号線)の途中に登山口がありますので、そこから歩いて「ガラメキ温泉」へ向かいましょう。
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「野湯を目指すのは、夢を追うのと同じ」そう思わせてくれる一冊の本が
確かに魅力的で、一生に一度は味わってみたい野湯への入湯ですが、それを数十回も繰り返し、本にまでまとめてしまった人がいます。それが瀬戸圭祐さん。普段は自動車メーカーの広報マンとして仕事にいそしむ傍ら、自他ともに認める「野湯マニア」として、全国の野湯を駆け回ることをライフワークにしています。
そもそも瀬戸さんは、どんな事情で野湯めぐりにハマってしまったのでしょうか。
「もともと温泉が好きで、有名な温泉地はもちろん、歩いてしか行けない山の秘湯にも行ったりしていました。そんな中、友人から野湯のことを聞かされ、いてもたってもいられなくなってしまった。登山が趣味で、自然が好きだったこともあって、『ただお湯が湧いているだけで、人工的な商業施設の無い場所」の存在に秘湯以上のロマンを感じてしまったんですね。そこから私の野湯めぐりが始まったんです」(瀬戸さん)
瀬戸さんは、野湯の存在を「子どもの頃に作った秘密基地のようなもの」と例えます。野湯にたどり着き、入湯することは、「自分たちだけの『隠れ家』を持てる喜び」につながると言います。
御年60歳を超えた今も、年に数回、空き時間を駆使して野湯を楽しむ瀬戸さんは、野湯めぐりと日常生活の両立もお手の物です。
「基本は東京から日帰りで行っています。新幹線や飛行機を利用すれば宿泊なしで行ける野湯はたくさんありますから。情報収集やプランニングに時間を費やしますが、それは家にいてもできますしね。土日のどちらか一日は家族サービスに努めるようにしています」(瀬戸さん)
山を越え、谷を渡り、危険極まりないルートを突き進む。しかも、日帰りで! タフな行程をものともせず、めぐった野湯は80湯以上。浸かった野湯すべてに愛着と思い出を感じている瀬戸さんは、その記録をまとめることにしました。それが『命知らずの湯 半死半生でたどり着いた幻の秘湯たち』(三才ブックス)です。
「内容的には、私自身が行ったことのある野湯の情報と、そこにたどり着いて入湯するまでを記したルポルタージュです。賞賛を受けることもない野湯めぐりに没頭するオヤジの記録であると同時に、夢を追いかけたい人、新たなことにチャレンジしたい人へのメッセージにもなるのではないかと。読者のみなさんには、めくるめく野湯の世界を知っていただくと同時に、夢をあきらめずに追い続けることの素晴らしさ、その楽しさを感じて欲しいと思っています」
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